ロシア5人組「リムスキー=コルサコフ」
ロシア5人組「リムスキー=コルサコフ」
【ご注意】このブログはVIDEO-GOISのスタッフに向けて、クラシック音楽に親しんでもらい、作品のスキルアップを目指してもらうことを目的として開始されました。そのストックを公開しているもので、表現や内容、考え方について専門的なものではございませんのであらかじめご了承ください。
リムスキー=コルサコフという作曲家を皆さん知っていますか?
有名な曲としては「シェヘラザード」や「スペイン奇想曲」がありまして、近代音楽に近い作風でよく知られています。
リムスキー=コルサコフも音楽家としてはアマチュアで、はじめは海軍に属する軍人でした。バラキレフと出会ったことで作曲に打ち込むようになりそのまま5人組への仲間入りをします。
それまで音楽や作曲はほぼ独学で、5人組に参加することで、仲間内の集団学習を重ねることでその力をつけてきます。
そして、ペテルブルグ音楽院から作曲と管弦楽法の教授に任命されるなんてすごいよね。
その後も指揮や、ムソルグスキー、バラキレフの助手などを努め音楽家としての確たる地位を得るのです。
リムスキー=コルサコフは元々貴族の出身ではありましたが、ロシア帝国の近代化の立ち遅れに腹をたてており、学生の革命運動にも同情的で。政府批判を結構行っていました。そのせいで、ペテルブルグ音楽院の教授職は解雇されるのですが、彼の信者である多くの同僚が一斉に辞職する事件が起こり、結局リムスキー=コルサコフは復職します。
まあ、やはり政治的な感じがしますよね。
リムスキー=コルサコフは5人組の中でも最も若く、5人組が自然消滅したあとも、5人組は反対していたアカデミックな分野にも積極的に取り組み、独自の学派を作り上げ、後年弟子たちによってロシア革命以降のソ連の音楽にも強い影響を与えてきたんだって。
結論的には、この5人組はロシア固有の芸術文化を発展させてきたわけですが、その裏では政治的な思想も大きく影響を受けていたと思います。
ロシアはロシア革命のあと社会主義へと大きく舵を切ります。その後のプロコフィエフやストラビンスキーなどに影響を与えていくのです。
その辺の話はまたの機会に。